昭和五十七年一月二十二日 朝の御理解
x御理解第六十九節 「信心はみやすいものじゃが、みな氏子からむつかしゅうする。三年五年の信心では、まだ迷いやすい。十年の信心が続いたら、われながら喜んで、わが心をまつれ。日は年月のはじめじゃによって、その日その日のおかげを受けてゆけば立ち行こうが。みやすう信心をするがよいぞ。」
「信心は容易いもの」といわれ、又最後にも「容易う信心をするがよいぞ」というふうに。ところが、後、先は容易う容易うというておられますけれども、中はなかなかもって、三年五年の信心ではまだ迷い易いというね、これは難しいという事だと思うですねえ。三年五年では迷い易い。十年と信心が続いたら我ながら我が心をまつれ、と仰せられる様な所まで行けば、ね、信心はいよいよ容易いものであり有難いものであり、ま、合楽で言われる様に楽しもう愉快にさえなれれる、ま、手立てが体得出来ますからね。
これは私自身の事を思うてみて、今日この様なおかげを頂いております数十年前からの信心を、こう、ずうっと思うてみると、成程教祖が仰るように難しいとは思わなかった様に思う。生活そのものは大変難しい事でしたけれども、信心そのものは難しいと思わなかった様に思う、ね。
本当に信心がなかったら、ああいう時をどうして通り抜けたやろかと思う事があります。信心そのものは有難いものであり容易いものであった様の思う、ね。
そこで、その難儀というか問題というか、それは結局信心とは容易いとか難しいとかいうのとは別ものであってね、信心が結局好きになって信心の稽古をするという事になったら、信心そのものはそんなに難しい事ではない。火の行をせよ、水の行をせよという様な厳しい行があるわけじゃないからね。金光教の信心は、ね。それを知らずに私共はそれをやって来たけれど、その時だって、やっぱ好きでやってる事ですからね。やっぱり楽しかった、有難かった様に思うです。
だから結局信心が、私は身についてこなければ信心はやはり難しいもんだと思うです。はあ、も、朝も三時も四時もから起きてみえる方があるですよね。遠方からの、今寒修行で参ってみえるのですから、はあ、寒い中にね、それこそまあ、信心ちは難しいけれども、もう、そうしてお参りをして来る事が信心の稽古をさせて頂く稽古の味わいが段々わかって来ておるから、それもさほどの難しい事ではない。
昨日も、日田の方からお参りをして来た方が朝参りをしょったけれども、この頃朝参りがでけません。え~何でしょうか、ラ-メン屋さんではない、え~焼そば屋さんです。ですから晩が遅うなるからどうしても…‥寝らんなりに参って来りゃ何だけれども、なかなか朝参りがでけませんからと。そいで今迄は出けよった。
結局、私共でも本当に有難い目覚ましのおかげを頂く様に段々なって来たけれども、いつも有難い目覚ましばかりじゃない。まあ、十分間でもよいから眠ろか、ち言うごときつい時もあるけれども、そこを押して私はもう必ずここの洗顔をするのにお湯を使った事がありません。お湯は出ますけれども使った事がない。もうザブザブと頭からこうやって冷たい水で、まあいうなら氷の様な水で頭を洗い顔を洗いさしてもろって、もらった時、もらってからいつも思う事は、はあ、目覚ましのおかげを頂いて、元気を出しておかげを頂いた事がとても有難いです。
その間ちょっとです、三代金光様が、ね、え~、人として又とあるべきと思われない大変な御修行を下さった、七十年間という間を御神勤、お勤め下さった。十三の歳から八十三歳まで七十年間、ね。そして金光様が、あの、教えておられる信心の一番大切な所は「信心は辛抱する事が一番大切で御座います」と教えられた、ね。辛抱するという事が一番大切だと。御自身やっぱり辛抱しきれない様な所もおありになったろうけれども、七十年間辛抱してみえられて結論として出たお言葉でと私は思います。
信心には辛抱する事が一番大切で御座います。だから、辛抱頂き抜かせて頂くその後の味わいというか、喜びというものが何ものにもかえがたい喜びに段々なって来るわけなんですね。過去私共の信心を思うてみてもそれを思うです。全然、ま、普通からいうと、はあも、とても大坪さんの真似はでけん、と皆から言われるくらいな信心しておったけれども、それをさほどに辛いとか難しいとは思わなかった。生活そのものは難しかったけれども信心は難しいものではなかった、ね。それが段々おかげを頂いてまいりますから、いよいよ有難いものね、もうそれこそ喜ばしいもの、楽しいもの、しかも愉快にさえなって来る。この神様を一時でもはずしたら、もう何日か狂ってしまう様な有難い日々を、ま、送らせて頂てれる。やはり、けれどもそこん所を一貫して貫いておるものは、やはり信心辛抱じゃないでしょうか、ね。
え~、私は昨日、今朝から頂く、そのお知らせを頂いた事を聞いて頂こうと思うが、皆さんで、そのお知らせの中から判断頂きたいと思うんです。合楽では人間が人間らしゅう生きるという様な事が、ま、説かれます。ま、例えていうならば、お酒の好きな人がお酒を飲む、ね、丁度いい加減な所でやりゃあええけどもやめきらん、ね。やっぱりその、つい飲みすぎたりそれが体にもさわる。そういう事では御無礼になるけれどもね。例え、人間ですから飲みすぎる様な事もあろうけれども、その内容がね、有難いという心でいただく。有難いとう心がない時にはもう飲むなと。そんな意味のお知らせを頂いたんです。
何をするにも有難いなあ、信心頂いとるという事は有難い、という内容をもって人間らしい生きて行くという生き方なんです。だから全ての事に御の字をつける、全ての事に御礼を言えれる様な心の状態ね。
z昔、あのう、ガラスで出来た、私どんだん、ぼうぶらびん、ち言いよった、お酒をつけるのがあったですよね、ガラスのおかんするとが。それに“お酒が入ってないのを炭団か何かの上にこうかけておる。お酒の入ってないのを、あら、こんなこつしよるなら、これゃもうガラスびんのこの、それが割れてしまうが”と言うておる所であった。そして今、皆さんに聞いて頂く様に、中にお酒がはいってない。で、それをおかんしようとすると、そのぼうぶらびんそのものも割れてしまう、ね。内容に信心を頂とるという事の有難いという、有難き勿体なき恐れ多きがいつもどんな場合でもあって、そして人間らしい生き方というものが身について来るというのでなからなければならないというお知らせでした。
ひとつは、昨日、丁度午前中のもう下がろうという時分でしょうか、福岡の野中さんから電話がかかってきた。今さっき帰られたばっかりじゃったがと思うたところが、その途中で居眠り運転をしてから、他の車に接触事故を起こしたというお届けであった、ね。神様にお参りをして、お参りの帰りにそういう事があってと一応思う人が多いですけれども、私はその電話を受けておる時に頂くのがね、昨日も聞いて頂いた様に、前日、あのう何々美術館にまいりまして、素晴らしい屏風絵を見て来ておりましたから、それがよっぽど頭に中に残っておったんだろうと思うんですよ。私は以前、大体お芝居が好きですから、こりゃあまあ椛目時代でしたけれどもね、あの時分の方は皆さんご承知、お芝居に行ったら一週間くらい、朝の御理解でしたよ、お芝居の筋の話ではなくてね、私がそういう場面はないのだけれども頭に残ってるんですね、お芝居良かった事、素晴らしかった事やらが、その、もんですから、お芝居に関した御理解ばっかりでした。だから、おかげでこの頃はそういう事がなくなったと思うておったら、昨日はね、朝からちょっと眼をつぶると、その美術館で見て来た絵がそのままじゃないけれども、そういう、その、ま、場面を御心眼に頂くんです。ありゃよっぽど頭に残っとった、素晴らしいと思ったという事、だから潜在意識とはまた違う感じがするんですね。
昨日も、その、野中さんの電話がかかってまいりました時に頂く事が、昨日聞いて頂いたうち、常信の絵があるいう話をしましたよね。昨日、久富さんが残っておられましたから、色々出してもらったらやっぱ、三本軸があるんです。直入とか逐田(田能村)とかね。又は今の常信なんか、そいが私の心の心眼に頂くのがz常信描くところのそんな絵はなかったです、けども私の心眼に頂くのは、その常信の筆法でね、描いた絵がこう、そしてそれがそのう、一隻の舟が浮いてるんですよ。その舟に丁度あの、仙人風の、あの支那の絵なんかによく見るふうそが立って、もう向うはもう断崖絶壁という様な岩の山があって、その岩の山をこうやって、何ともいえん優雅な、というかね、その姿で見上げておる図柄の所を頂くんですよ。皆さん、これこういう私は野中さんのそういうお届けを聞かして頂いとる最中にですね、そういうお知らせを頂いたが、皆さんはどういうふうに解釈されるでしょうか。
常信という事にも神様はひっかけてあるようですね。常といえば、常の信と書いてある、ね。舟に乗って、いうなら、高い高い、もう断壁絶壁の岩の山のような、絵にすれば素晴らしいですけどね。それを、こう、まあ、優雅な姿でこう見上げておる。という、頂いて、電話を受けた後にその事を考えてみました。もう少しヒントを与えましょうね。山という事はここでは修行と言われる。しかも険しいこう山のね、お互いが合楽というお徳の舟にいつも乗らせて頂いて、例えばどういうそこに修行があっても、ね、それをそれこそ、何というでしょうかね、信心な心で、優雅な心でね、御神愛として頂けれる、まあ、わかりやすく言うと、もう一年になりますかね、秋山さん所の娘さんで嶋野さんていうね、大変熱心に信心の稽古が出来ます。娘が高校の試験を受けました。ところが見事に落第、落第というか落ちました。大きな水引に超特級のお酒を持ってお礼に出てきましたから、ハハア、合格の御礼に出て来たばいの、と思ったら上に不という字が書いちゃった。不合格御礼であった、ね。その事からあの、不合格になった人達が不合格御礼のお届けが合楽で大分流行りましたね。だから形だけではいかんです、あれは。自分がそうせずにはおれないというね。昨日、久富繁雄さん、昼頃までおられましたから、ねえごつだったじゃろかと思ったら、昨日何か合楽だよりの何に乗せよるのにインタビュ-をされた。正教先生がここへ来て、二時間か三時間かかって、まあお話を聞いたというのです。で、どういう話を聞いたかち言うたら、あのう、ああ、大事な所ば落としんさる、落としんの、ち、私言うた事でしたけれども、ね。本当にあのう、その時分は夜お参りしておられましたが、夜お参りして帰り道でしたからね。あのう、交通、後から自動車で追突されて、もうそれこそ、あの、本当に死なんとが不思議というくらいなおかげを頂かれた時分の話やらね、もう本当に、あのう、あくる朝奥さんに、その怪我させた相手の所も、もうちった病院に入院しとるという事を聞いて御見舞いにやられたという話やら、ある暴風雨の時に自転車でお参りしよって吹き倒されて下の大きなコンクリ-トの溝に叩きこまれて、まあ、そのまま合楽に、確かあん時は一週間位あの動かれんで寝込まれた様な事があったです、ね。そういう様な事が、例えばお参りの帰り、しかも御用して帰っておるのに、しかも朝参りさせて頂いとる道中にこういう事があって、といった様なものがさらさら感じられなかったですね。これはね、いうならば信心がそこを貫ぬかれて、いうなら今日の久富さんの信心があるわけですけれどもね。私共、信心させて頂いておっても、そのいわゆる、帰りに交通事故にあったとかね、帰りにまあ、いうなら、そういう、ま、難儀な事があったにしてもね、そこの所を、私は大切にして行く信心、そこにいうならば常信の、いうならば常に信ずるという、常に心の中に信心の喜びが感じられる信心というものが、常にでけておかなければならない、ね。有難い、勿体ない。有難いお話を聞いて、ほんに有難いというだけではなくてね、例えばどういう事があってもそこをね、頂き抜くというかね、いうなら御神のい現れというふうに、ま、頂いてそこを通り抜けさせて頂くという所にです、私は信心辛抱がいる時じゃなかろうか、とこう思うです、ね。そこを貫かずして、そこから挫折する人、そこから信心が弱って行く人ね、それでは私今日の御理解のね、いうならば三年、五年では迷いやすいというところで迷うた、という事になるのじゃないでしょうか。迷いよっては十年経ったら我が心をまつれ、という様な有難い事になって来ない。それこそ我ながら我が心がまつれる様になる時、合楽でいわれる楽しゅうて有り難うして、愉快にまでなれれるという手立てになって来る時に、もう高度な信心になって行けば行くほど、信心は楽しいもの、有難いもの、それこそ容易いものという事になって来るんです、ね。も少し、今私が頂いた、そのぼうぶらびんに酒の入ってないのを、こう、あのう炭団の上に上げてある、ね。そんな事有難い。そいや、人間らしゅう生きるという事だけを、合楽では説きますけれども、その人間らしゅう生きるその内容がね、有難い、勿体ないものがなからなきゃいけないちう事ね。どんな場合であっても有難い事じゃあるなあ。信心頂いとるという事は、というものがあって、んなら例えそれが、よし飲み過ぎという事になってもね、それがいわゆる有難く頂く心あらば、というおかげになって来るわけです、ね。どういう場合であっても、それをひとつの、まあ渓間としてですかね、ひとつの信心の風情としてですね、それを、こう眺められれる様な信心ね、嶋野さんじゃないけれども、娘が落第した事を喜ばれれというはずはない。親として。けれども御神意を思うたら御礼参拝せずにはおれれない。昨日、研修の時にこの話が出て、たまたま佐田さんのお話が出てたんですけれども、あのう倉庫が丸焼けになった時、もう兎に角、私はよっぽどおかげ頂きなさって御礼に出てきなさったばいの、と私は裏でじゃったけん、思いよったじゃん、もう、おかげ頂いてち、こう腹かかえた事して言いなさいますから、なん、どげなおかげ頂きなさったやろかと思ったら、倉庫が丸焼けじゃたち、ね。本当に神様がわかり、御神愛を少しでもわかっておらなければでける芸当じゃなかですけれどもです、
合楽ではそれがでける様に、常日頃、いうならば稽古がさせてある、頂いておるのです。だからいよいよの時にね、迷わんですむ、三年、五年で迷わんですむ信心を頂き抜いて初めて、十年もしたら我ながら我が心をまつれ、と仰せられる様な信心になって行く。だから信心がやはり好きにならなければダメ、ね。そこから信心は容易いものじゃがという事が言えるのじゃないだろうか、とこう思う。今日の御心眼に頂いた、というその事は、又大変深い意味があるです。皆さん、今日の信心は容易いもの、といいながら最後にも容易う信心をするがよいぞ、で締め切っておられるこの御理解をです、中味は非常に難しいと思うんですね。三年、五年の信心では迷いやすいと仰せられたり、ね、十年もしたら自分の心が拝めれれる様に、まつれれる様になる、という事はね。私、信心辛抱、これを貫くという信心からしか生まれて来ないと思うですね。どうぞ。